People are often unreasonable and self-centered. Forgive them anyway
人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を許容しなさい
If you are kind, people may accuse you of ulterior motives. Be kind anyway
あなたが善いことをすると、利己的な目的でやったのだろうと言う人もいるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい
The good you do today may be forgotten tomorrow. Do good anyway
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、善を行い続けなさい
If you are honest and frank, people may cheat you; be honest and frank anyway
あなたが正直で誠実であれば、あなたを騙そうとする人が現れるでしょう。気にすることなく正直で誠実であり続けないさい
Give the world the best you have and it may never be enough. Give your best anyway
あなたの持つ最良のものを世に与え続けなさい。蹴り返されるかもしれません。気にすることなく、最良のものを与え続けなさい
Mother Teresa
マザー テレサ
個人的に敬愛して止まないマザーテレサの言葉です。
Forgive 許すこと、Be kind 善き人であること、Do good 善き行いをすること、be honest and frank 誠実で率直にものを述べること、Give your best 己の持てる最良のものを与えること、どれもが言うほど簡単ではありません。
なのに行えば周囲からあらぬ批判や中傷の返戻があることも。。。
そんな時、誰しも「裏切られた。」という思いを抱くものでしょう。
マザーは「そんなこと、気にするんじゃありません。」と言ってのけます。この格言の凄いところはその点です。
人はとかく色々言いたいわけです。people may accuse you of something. 何かと揚げ足取りのように、やれ好印象の押し売り、やれ売名行為、はたまた何かを売りつける気なのかなど、人の誠意を傷つける言葉は驚くほど無神経にも言い放たれます。誰しも経験があるはず。
マザーにしても例外ではなく、いや、マザーテレサほどの人であればあるほど、どれくらい誹謗や中傷を浴びてきたのかは想像すら及びません。
それでもマザーテレサは「蹴り返されても与えなさい。」と言います。「人や世間はそういうものなんだから、批判はあって当たり前。いちいち気にするんじゃありません。」というお叱りと励ましがこの格言から聞こえてきます。
同時に誹謗も中傷も気にしないという、大きな寛容の精神がここに込められてもいます。
この格言の冒頭に Forgive them anyway. とあるのは「そういう人々を許しなさい。」というのが、このメッセージの根幹であるからだと思います。
人を許すことはなかなか難しいことであります。しかし、気にしないことなら意外にできるものです。それなら気にしないようにしてみれば良い。
「ま、いいや。気にしないよ、俺はこうあり続ける。」と言い放ってみると案外に気持ちの良いものだったりします。
善と悪の区別は子供でも分かります。あなたが善なる人であろうとし、善き行いをしたのなら、あるいはしようとしているのなら、その他の要素は「何も気にしない」ことです。
何かに阻まれて止めてしまえば、あなたは善なる人であり続けることができなくなってしまうのですから、この「気にせず続ける」は実に大きな選択でもあります。
「気にしない。」ことは寛容であるための一つのテクニックでもあります。